Aro

Profile

イラストレーター。ウェブの4コマ漫画やブログの挿絵、CDジャケット、カレンダー、グリーティングカードの絵などを手がけています。
身近に医療従事者がおり、コロナ禍はじめの頃から「セルフロックダウン」が続いています。
先日みた映画で「もともと世の中は狂っているんだ」というセリフがありました。その狂気にしっかり旗を立てて、自分や人々が流されないようにするのがアートの仕事だと思っています。

Title

祖父

祖父が亡くなりました。

繰り返し起こしていた肺炎が悪化し入院。
数日後、危篤の連絡をうけ、私たち家族は病院へ。
コロナが一時的に収まりを見せていた時だったので、祖父の病室に入ることを許されました。

ベッドの上の祖父は、薬で眠っていますが、全身で呼吸をしている姿がとても辛そうです。
お医者さんも看護師さんも、打つ手は全部うってくれて、我々家族も見ているだけです。
目の前の祖父は、静かな病室で、今、まさに「独り」、死に向かって、生命をかけて、たたかっているのでした。

そのたたかいは凄まじいものでした。
人工呼吸器を最大出力で動かしているにも関わらず、酸素飽和度は常時の半分程度です。
90%程度でも大変な息苦しさだと聞きますから、今の状態はどれほどのものでしょう。
さらに、その数値もじわりじわりと下がっていきます。
しかし、一方で、血圧は一定を保ち続けているんです。限界を迎えている肺が、心臓に最後の一打ちをさせまいと、必死に動き続けているのです。

この熾烈な状態から、はやく解放してあげたくて、我々家族は「おじいちゃん、もう頑張らなくていいよ」と言います。
でも、それは祖父の、生命のたたかいを妨げることでもある気がして、心の中では「おじいちゃん、がんばって!」とも言っています。
もっとも、「がんばる」という表現は、生きている側、これからも生き続ける側の感覚であるわけで、今の祖父はもっと違う次元にいるのかもしれません。

そして。その日の真夜中過ぎ、祖父は静かに最期を迎えました。

寡黙で口数は少ないけれど、人の悪口は言わず、数年間、家と自治会の建物の周りを掃除し続けた真面目で誠実な人でした(ちなみに、自治会の人たちが有志で「感謝状」をくれたりしました)。メガネの奥の、くりっとした目が可愛くて、立派なワシ鼻が素敵でした。
持病を患っていたためにコロナ禍が始まってからはずーっと自粛生活でした。もともとアクティブなスポーツマンでしたから、最後の日々はとても気の毒でした。
そんな祖父は最期に、とても尊いものを見せてくれました。

あぁ、命とは、なんと厳かで、尊く、崇高なものなのでしょう。
おじいちゃん、おつかれさま。ゆっくり休んでね。

Title

XBB

※マウスを画像の上に乗せるとその部分が拡大されます

この三年間で、社会が学んだことは「正しい感染症との向き合い方」ではなく、「深刻な事態への目のつむり方」だったのではないかと思う。
当初500人の陽性者でも、国をあげての大騒動であったのに、今は10数万人感染の報道が連日流れても、世間は「コロナ前の生活」を無理やり押し通そうとしている。
PCR検査数は未だに少ない…どころか、もう本当の数がわからない状態だ。加えて、政府はこの期に及んで医療への支出を絞ろうとまでしている(某国家事業の時には「医療従事者の方々を励ます!」という名目で、飛行機まで飛ばしたのに、だ)。
そういうイイ加減な体制を変える機会は、このかん、何度もあったのに、選挙は低投票率のままだし、現状に怒りや意義を唱える声も、その深刻度に比して小さい。

最近、よく耳にする「コロナがおさまってきた」というのは本当なのか?
それは病気を抱えた人やその家族を世間から切り離した見方ではないのか?
それはコロナに罹り、後遺症に苦しむ人を無視した発言ではないのか?
これが「ウィズコロナ」なのか?
この「ウィズコロナ」とやらは、我々が本当にたたかわなくてはいけない相手を、野放しにしていはしないか?

コロナ禍は、続いている。

Title

Holes

※マウスを画像の上に乗せるとその部分が拡大されます

世の中のそこらじゅうに「黒い穴」が開いていて、毎日たくさんの人が堕ちていきます。
権力に煽られ、差別的言動をしたり、自己責任論を主張しながら、「彼ら」と一体になって自ら穴に向かっていく人もいれば、表面的な「中立」をうたいながら正しいことに目をつむっているがために、ジワジワと穴に沈んでいく人もいます。
世の中を、正しいレールに戻そうとする人たちと、権力を悪用する人たちを「どっちもどっち」としてしまう考え方や、投票権を脇に放って「政治的なものに関わらない」という姿勢は穴への直行便ですが、気づいていない人もかなり多い。

でも、この穴の吸引力は絶大で、誰でも、いつでも、穴に堕ちる危険がありそうです。

穴に堕ちないためには、独りでは難しい。
「黒い穴に気づいた人」と共に行動することが大切で、周りの人が堕ちそうになった時には助け、自分が堕ちそうになった時には助けてもらいます。普遍的な「正しさ」を共通点に身を守りあうのです。

もし、自分が「権力を悪用する人」でないのなら、たたかう相手は、隣国の人々ではなく、路上に出て声を上げる人や、正しいことを発信しようとする著名人でもなく、フェミニストでもなく、平和活動家でもなく、黒い穴、黒い大きな力であると思います。

Title

反撃

※マウスを画像の上に乗せるとその部分が拡大されます

やられっぱなしはもう終わり!

ご高覧いただき、ありがとうございました。
差し支えなければ、アンケートへのご協力もお願いいたします。

error: Content is protected.